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神戸家庭裁判所伊丹支部 昭和62年(家イ)164号 審判 1990年1月18日

申立人 斉藤喜久雄

相手方 竹下隆則

主文

申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことを確認する。

理由

1  本件調停期日において、当事者間に主文同旨の審判を受けることについて合意が成立し、その原因事実についても争いがない。

2  関係戸籍謄本、鑑定人○○の鑑定の結果及び関係当事者に対する当裁判所の事実調査の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、相手方母竹下光子(以下「光子」という。)と昭和41年春光子が働くキャバレーで知り合って、まもなく同棲を始め、同年11月9日婚姻届を了した。

(2)  光子は、婚姻後もキャバレー勤めを続け、昭和42年客であった宮里和弥(以下「和弥」という。)と知り合い肉体関係をもつに至り、申立人とともに西宮市○○町に転居後も、度々申立人ら宅を訪れた和弥と性交渉を結んでいた。

(3)  光子は、昭和43年2月頃相手方を懐胎し、同年11月5日同人を分娩した。申立人は、相手方を実子と信じて命名し、出生届をなした。

(4)  ところが、翌年申立人は、光子から相手方は申立人の子ではなく、和弥の子であることを聞かされ、同時に離婚の申入れを受けた。結局、申立人と光子は、相手方の親権者を光子と定めて昭和44年2月7日協議離婚した。

(5)  光子は、申立人と離婚後和弥と同棲し、昭和45年4月21日婚姻届をなしたが、まもなく不和となって同年9月22日協議離婚した。しかし、和弥の母との関係は良好で、相手方とともに同人と養子縁組をしたこともあった。一方、申立人も、昭和50年2月に再婚し現在に至っている。

(6)  光子は、昭和48年頃申立人に相手方との親子関係を否定する手続をとるよう申し入れたが、申立人は当初これを放置していた。今回本件申立てをしたのは、相手方が成人するにあたり同人の戸籍を正しておきたいという光子の再度の要請に応えたものである。

(7)  当事者双方の申請に基づき実施した父子関係存否の鑑定結果によれば、申立人と相手方との間には血液型において遺伝法則に矛盾する検査成績が認められ、父子関係は存在しないことが明らかとなった。

(8)  申立人、相手方及び光子は、いずれも上記鑑定結果を踏まえて申立人と相手方の間に父子関係の存在しないことを確定することを望んでいる。

3  以上の事実によれば、相手方は申立人と光子との婚姻中に出生したものであって、形式的には民法772条により申立人の子と推定され、別居など外観上光子が申立人の子を懐胎し得ない事情も存在しないため、その嫡出性を争うには民法774条以下の嫡出否認の方法によらざるを得ず、しかもその手続は申立人が相手方の出生を知ってから1年以内にしなければならないことになるが、本件ではその期間内に同手続はなされていない。すると、もはや上記推定を覆すことはできず、何人も申立人と相手方の嫡出親手関係を争うことができないことになるが、血液型検査などの親子鑑定により申立人と相手方との間に血縁関係の存在しないことが科学的、客観的に明白とされた場合においてなおその親子関係を強制するのは、元来親子の情愛が自然的血縁関係に根ざしたものであって、血縁関係の存在が即ち真の親子関係の存在であるとする一般の感情に反することになる。

そもそも、嫡出推定及び嫡出否認の制度は、一方で婚姻中に妻が懐胎した子は夫の子である蓋然性が高いことを根拠とし、他方で逆に妻の懐胎した子も夫の子でない可能性のあることを前提としながら、その場合にも濫りに第三者の介入を許すことは夫婦間の秘事が公にされ、家庭の平和をみだす結果となるため、婚姻中の懐胎子は一応すべて夫の子として取り扱い、夫自ら父子関係を否定しようと望むときに限りこれを可能とし、もって家庭の平和を守り、また、父子関係を早期に確定して未成熟の子に安定した養育を確保しようとしたものであると解される。

ところが、本件のように、申立人と光子が既に離婚してその家庭生活が失われ、同制度によって守るべき家庭の平和が存在しなくなった場合で、しかも、当事者全員がいずれも真実の親子関係を明らかにすることを望んでいる場合には、もはや同制度の適用の根拠は失われているというべきであって、その適用は排除されるものと解するのが相当である。

以上により、相手方は実質上民法772条による嫡出の推定を受けるものではなく、申立人は本件親子関係不存在確認の申立てにより相手方の嫡出性を争うことができるものと解され、かつ、上記のごとく親子関係のないことが明らかである。

4  よって、当裁判所は、調停委員会を組織する家事調停委員大原純蔵及び同藤原かよ子の各意見を聴いたうえ、本件申立てを相当と認め、当事者間の合意に相当する審判をすることとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 横山敏夫)

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